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モードファッションとストリートファッションの関係

この記事は

・モードファッションが好きな方

・ファッションの知識を深めたい方

・SNSでファッションの投稿をよく見る方

には参考になると思います。

みなさんは自分のファッションをどこまで語れますか。

いや別に語れる必要は全くないのですよ。

このブログでは、他のファッションブログが語らないようなファッションの歴史や思想も簡単に述べていくつもりなのですが、こういうことを知るだけで洋服をみるのがとても楽しくなりますし、友達との会話も盛り上がりますのでよかったらこのブログをきっかけに読んでみてください。

モード、ストリートそれぞれの意味

1.1 モードファッションとは

ではタイトルにもあるようにモードファッションとストリートファッションの関係を説明する前にそれぞれの位置づけを簡単に述べてみます。

モードとは英語で流行を意味します。

非常に実験的、前衛的な服が多いです。

つまり服の最先端の流行が意図的に発信される場所であり、デザイナーという顔の見える人が服をデザインし発表する場がパリコレクションやミラノコレクションです。

それらの服はデザイナーの様々な思想が込められ、いわば芸術作品のような側面が強いのですが、パリコレなどの制度は同時に巨大なビジネスとしての側面も持ち合わせています。(基本的に芸術とビジネスは反対のものでお互いを受け入れることができない)

つまりそのブランドの知名度が上がるほど、会社が大きくなったり巨大企業グループに買収されるため、モードデザイナーの提案する服は利益を出すために実験的なデザインが薄れてしまうのです。

そして歴史的にみれば、高級志向の服が多く、戦前から西欧社会の上流階級に着られていることがほとんどでした。

1.2 ストリートファッションとはなにか

それとは反対に、ストリートファッションはモードのパリコレのような大きな制度からではなく、もう少し大衆的なところで発生したものを指します。

大衆的なアートや文化(アニメや漫画、ロック、ヒップホップ)などとともに20世紀後半から認知されてきました。

モードが上流階級向けで、巨大なビジネスや権力側だとしたら、ストリートファッション(その他大衆文化全て)は社会的に地位が低いとみなされた下流市民のなかで生まれたものです。

そして権力に対して非常にアンチな価値観を持っていました。

ジーンズが代表的なアイテムです。(ジーンズはもともと労働者の作業着だった)

ストリートファッションが生まれた背景には、モードのような難解な思想はありませんが、上記のような権力や体制へのストレートな主張があり、非常にわかりやすい信念があったのです。

例えばロックミュージック、とくにパンクなどは70年代半ばにニューヨークで生まれて、セックスピストルズの活躍によりロンドンで大きなムーブメントになった音楽であり、彼らが着る服はモードとはかけ離れたものでした。

その性質は反体制的で過激な歌詞や、従来の伝統的なロンドンのファッションとは真逆のスタイルをもつものだったのです。

派手なメイクや破かれた服、安全ピンをピアスの代わりにするなど、モードが発表していた服のようなエレガントな要素は全く残っていませんでした。

違う例でいえばアメリカのヒップホップは白人社会のアメリカの中で、音楽やファッション等様々なものが白人のための文化であふれていることに対する、黒人文化の主張が始まりです。

ラップ、ブレイクダンス、グラフィック、DJの四大要素からなるヒップホップ文化は黒人たちによるアイデンティティの確立を目指したものでした。

そしてそのファッションは大きく派手なアクセサリー、腰履きした大きめのジーンズ、シールを付けたままのベースボールキャップ、そしてオーバーサイズのトップスなどが特徴でした。

なぜオーバーサイズの服なのか。

一つは彼らの多くが経験したことのある刑務所をイメージさせるから。

また貧困層の多い黒人たちにとって、オーバーサイズの服というのは、子供が成長し大人になっても着ることができるというある意味合理的な考えがもとになってるとも。

シールをキャップに付けているのは、新品の帽子というアピールだし、でかいアクセサリーは富を暗示させるものです。

貧困層だからこそ、そのような富の象徴を身に着けているのでしょう。

パンクは階層問題、ヒップホップは人種問題と密接に結びついた、反体制的なカウンターカルチャーであり(近代の芸術はそもそも何かに対してのカウンターカルチャーであることはよくある)、上流階級で着られていたのモードとは全く異なるものだったのです。

モード=権力

ストリート=大衆

という構図が常に存在する

モードとストリートは互いを刺激しながら進化していった

ところがおもしろいのはここからで、どんだけ思想をもっていたり反権力な姿勢をもっていたりしても、そもそもファッションとは誰でも自由に楽しめる文化の一つ。

上記のようなストリートファッションのニーズが高いと認識されると、たちまちそれらの服を取り扱うお店が急増。

ストリートファッションは色々な国に広がっていきました。

そして権力側であるモードブランドもニーズに合わせて、ストリートファッションのテイストを自分たちのデザインに組み込んでいきました。

この段階になるとストリートファッションが発生した当時抱えていた反権力的な思想は消えてしまっており、あくまでニーズがあると判断されたビジネス商品として扱われる。

このことはファッションの本質を表しています。

どのデザインやアートの分野にも比べて、消費のサイクルが早いファッションでは思想や思いが込められた服も簡単に表面的にコピーされたビジネス商品として生まれ変わるのです。

逆にモードのデザインがストリートやファストファッションへ取り込まれることもあります。

現代ではモードのデザイナーが生み出した服は、簡単にファストファッションが似たデザインの服へと姿を変えて低価格で販売されてますが、そこには当初デザイナーが込めた思想はとうに消えています。

日本では90年代から原宿を中心にストリートファッションが急増しました。

日本は人種や貧困問題はあまり多くはありませんが、さきほどのビジネスとして、反体制思想が消えた状態でそれらの服は流行することになりました。

また日本はアニメや漫画、コスプレなどサブカルが盛んなため、それらもファッションに取り入れられ、他の国とは異なった独特のファッション文化が定着しています。

当時のヒップホップファッションはモードという、それらとは反対の上流階級のブランドに多く取り入れられました。

当然そこには反体制的な思想は薄まりビジネス性が強まっています。(デザイナーにその意図がなくともブランド会社が巨大化している現在においてはビジネス性は避けられない)

またその逆も。

哲学を持ったモードの服は、ストリートでは簡単にリメイクされたり、意図された着方とは全く別の着方をされたりします。

まるで権力側の意図など知ったこっちゃないとあざ笑うかのように。

このようにモードとストリートは表と裏の関係でありながら、互いに影響を与え合う関係なのです。

そしてこれらの現象は、SNS全盛期の現在においてより加速度を増しています。

このことは別記事で述べてみます。

モードとストリートの両者をつなぐ流行というとても速い消費スピードはファッションの本質であり、はかないものです。

デザイナーのインタビューやファッション評論などをみていると、この矛盾ともよべる儚いさにデザイナーは苦しみながらも、このことをデザインを生み出す源にしようとしていると感じることができます。

マルジェラ(すでに業界を引退)やジョンガリアーノはこの儚さを、デザインのきっかけにするのがとてもうまい。

ファッションの矛盾をあざ笑うような服を次々と発表しています。

だからこそ彼らの服は一見すると奇抜にみえて、わかりにくいとされてはいますが本当はとても思想的なのです。

簡単にモードとストリートの関係をまとめてみましたが、どうでしたでしょうか。

日本はヨーロッパに比べると文化的教養が低いといわれていますが、このブログをきっかけに文化・芸術が面白いと思ってもらえればと思います。

この記事が皆さんの参考になれば嬉しいです。